イラクという名前を聞いたとき、多くの人が思い浮かべるのは、戦争・テロ・混乱といったネガティブなイメージかもしれません。確かに、過去20年間でイラクはアメリカ主導のイラク戦争やIS(イスラム国)との戦闘を経験し、国家としての統治機能は長く混乱状態にありました。
では、2025年現在のイラクはどうなっているのでしょうか?
「もう平和になったのでは?」という声もありますが、結論から言えば、イラクの治安は依然として“極めて不安定”であり、日本人を含む外国人の渡航は強く制限されている状態です。
この記事では、現在のイラクにおける主要都市の治安状況、政権の安定度、外国勢力の動き、そして渡航者が注意すべき最新情報まで、わかりやすく丁寧に解説していきます。
イラクの治安は現在どうなっている?主要都市の情勢をわかりやすく解説

イラク国内では都市ごとに治安レベルにばらつきがあり、同じ都市でも「中心部は安全」「郊外は危険」というように、状況が大きく異なります。
ここでは、特に注目すべき主要都市の現状を見ていきましょう。
モスル旧市街とバスラ南部では爆発事件やIS残党の活動が継続
モスルはかつてIS(イスラム国)の拠点だった都市であり、2017年の解放後も完全な平和にはほど遠い状態が続いています。特に旧市街の一部では、爆発物の残骸や即席爆弾(IED)が発見されることがあり、市民生活を脅かす要因となっています。
さらに、ISの残党グループが夜間に活動するケースも報告されており、政府軍や警察が完全に統治できていない“治安の空白地帯”が点在しているのが現実です。
一方、南部のバスラでは、一見すると平穏な日常が戻っているように見えるものの、宗派対立に端を発する小規模な衝突や、武装組織による攻撃がたびたび発生しています。バスラは経済的にも石油利権をめぐる争いが激しく、これが治安をさらに不安定化させる原因となっています。
バグダッドの現在の治安:中心部は安定、郊外は不安定な状況が続く
イラクの首都バグダッドは、過去には連日のように爆発や銃撃が発生していましたが、現在は中心部に限って言えば比較的安定した状況にあります。政府庁舎が集中する「グリーンゾーン」は警備が非常に厳しく、テロ攻撃は減少傾向にあります。
しかし、バグダッド全体が安全とは言い切れません。中心部を離れると、郊外やスラム街では武装集団による支配、誘拐事件、爆発が依然として頻発しており、外国人が近づくには極めて危険なエリアも多数あります。
また、バグダッドには多数の民兵組織が存在し、政府と敵対的な姿勢を取ることもあるため、市内の情勢は突如として悪化するリスクを常に孕んでいます。
イラクが危険だとされる2つの理由

イラクの治安が長年にわたって不安定な理由は、単なる「テロ」や「紛争」という表面的なものにとどまりません。
むしろ、その背後には、政治・宗派・軍事・国際関係といった複雑な問題が絡み合う構造的な課題が存在しています。
民兵組織と政府軍の武力衝突が止まらない構造的問題
イラク国内では現在も、政府に敵対する民兵組織(ハシド・シャアビーなど)が独自の武力を保持し、政治や治安に大きな影響力を持っている状態です。
これらの民兵は元々、ISとの戦いのために組織された準軍事集団でしたが、IS壊滅後も武装を解くことなく、地域権力や利権を守る存在として活動を継続しています。
問題なのは、こうした民兵組織が宗派的な色合いを強く持ち、特定の地域で自らのルールを押しつける“準国家”のような振る舞いをしていることです。
スンニ派とシーア派の対立は表面的には沈静化しているように見えても、現地では未解決の憎悪や差別がくすぶり続けており、暴力の火種は常に存在しています。
また、民兵と政府軍がたびたび権限をめぐって衝突する場面もあり、「敵が誰か分からない」ほどに治安構造が複雑化しているのがイラクの現実です。
治安機関の腐敗と装備の横流しが招く無秩序

もう一つ深刻な問題は、警察や治安部隊そのものの信頼性の欠如です。
一部の警察官や軍人が汚職に関与していたり、武器や装備がギャングや民兵組織に流れてしまうケースが多数確認されています。
たとえば、治安部隊に支給されたライフルが民間の武装勢力の手に渡り、それが市民や外国人への脅迫やテロに使われるというような“ブーメラン構造”が続いています。
さらに、住民の間でも「警察に通報しても意味がない」「逆に報復される」といった不信感が広がっており、治安維持が機能していない地域が広がる結果となっています。
こうした無秩序は、国内の治安を不安定に保ち続ける最大の要因となっており、政府が治安対策に本腰を入れても、現場での腐敗がすべてを台無しにする構図が長年続いているのです。
アメリカ軍は現在イラクで何をしているのか?

2003年のイラク戦争以来、アメリカ軍はイラクに大規模な軍事介入を続けてきました。
しかし、2021年には戦闘任務を終了し、「助言・訓練」目的での駐留に限定されると発表。
では、2025年の現在、アメリカ軍はイラクでどのような活動を行っているのでしょうか?
駐留部隊の主な任務と展開地域(アンバール州など)
アメリカ軍の現在のイラクでの活動は、主に以下の2つに集約されます。
1つは、イラク治安部隊(ISF)への訓練と助言活動です。かつてのように直接戦闘に関与することは原則ありませんが、アメリカの軍事顧問団は武器の運用方法や戦術、テロ対策のノウハウを提供することで、ISの残党掃討作戦の支援を続けているのです。
2つ目は、対IS作戦のための情報提供や空爆支援(必要時)。イラク西部のアンバール州や国境地帯では、依然としてISの活動が確認されており、米軍はそこに展開することで、テロの再興を抑えようとしています。
また、イラク全土にわたって数百人規模の部隊が駐留しており、軍事基地内に限って安全が保たれている状態ですが、基地外での移動や活動は厳しく制限されています。
米軍撤退後の権力空白を埋める親イラン勢力とトルコ軍の活動
アメリカ軍のプレゼンスが弱まると同時に、その空白を埋めようとする複数の勢力が活発化している点も見逃せません。特に顕著なのが、イランの影響を強く受けるシーア派民兵組織の台頭です。
これらの組織は、表向きはイラク政府の傘下にありますが、実質的にはイランの指導や支援を受けており、反米感情を前面に出してアメリカ軍への攻撃やデモを組織する動きも見られます。
一方、北部ではトルコ軍がクルド系武装勢力(PKK)を掃討する目的で軍事作戦を継続しており、イラクの主権を脅かすとの批判もあります。
つまり現在のイラクは、アメリカ・イラン・トルコという複数の外部勢力がせめぎ合う“代理戦争の舞台”となっている側面も持っているのです。
アメリカ軍の存在は、かつてのような圧倒的影響力を失いつつあり、その一方で新たな勢力が入り乱れる形で治安の均衡が保たれにくくなっているというのが、現在のイラクの大きな特徴といえるでしょう。
イラクの現在の政権は治安を改善できているのか?

長年にわたる政情不安と政権交代を繰り返してきたイラクでは、「誰が首相になっても状況は変わらない」という厳しい声も少なくありません。
しかし、2022年に発足したスダニ政権には、ある種の“期待”と“現実”が共存しています。
スダニ政権の政治基盤と治安対策の優先度
スダニ首相は、穏健派シーア派として知られ、親イランでも完全な追従ではないという中立的なスタンスを取りながら、政府の安定と経済再建を掲げて就任しました。彼の政治基盤は複数のシーア派民兵や政党の支持を受けており、そのおかげで表面上は議会運営が安定して見える側面もあります。
一方で、治安の再建という点では、対IS戦争後に崩壊したインフラや、民兵の独自支配をどう解消するかが最大の課題となっています。スダニ政権は治安改善を政策の最優先項目に掲げていますが、その実効性には疑問の声が多く、政策は発表されても、現場での実行力や統制力がともなっていないというのが現状です。
中央政府の統制が及ばない地域がもたらす治安のばらつき
イラクの最大の問題のひとつは、「政府が国家の全域を完全に支配できていない」という事実です。特にクルディスタン地域、北部山岳地帯、西部のアンバール州、南部の宗教都市周辺では、実質的に民兵組織や部族の指導者が治安を“管理”している状態です。
こうした地域では、中央政府の命令がほとんど届かず、税収や武器の取り締まりなども地域の権力者によって独自に行われているため、国家としての統治が機能しているとは言えません。
そのため、「イラクの治安」とひとくくりに語ることは困難であり、地域ごとに治安レベルや脅威が大きく異なる“モザイク国家”となっているのが現実です。
イラクは渡航禁止?日本人が渡航時に確認すべき注意情報
「戦争は終わったのに、なぜ渡航禁止なのか?」という声もありますが、イラクは現在も世界の中でも特に治安リスクが高い国の一つとされており、外務省からも強い警戒情報が出されています。
特に日本人にとっては、文化・宗教・言語すべてが異なる環境下で、身を守る手段がほとんどないという点もリスクを増大させているのです。
外務省が指定する渡航禁止エリアと理由(2025年現在)

2025年現在、日本の外務省はイラク全域に対して「渡航中止勧告(レベル3)」もしくは「退避勧告(レベル4)」を発出しています。
これは、旅行目的やビジネス目的の入国が極めて危険であることを意味し、実質的には「行ってはいけない国」とされていることを示しています。
特に以下の地域は、退避勧告の対象となっています。
- アンバール州全域(ラマーディ、ファルージャなど)
- ニネヴェ州(モスル周辺)
- バスラ州南部国境地帯
- バグダッド郊外およびスラム地区
- クルディスタン地域一部(トルコ・イラン国境沿い)
これらの地域では、武装勢力による襲撃や誘拐、爆破テロ、宗派対立による市街戦などが頻発しており、日本人がターゲットにされる可能性も高いと見なされています。
日本人旅行者・滞在者向けの緊急支援と安全対策
万が一、やむを得ない事情でイラクに渡航・滞在する場合は、以下の点を徹底する必要があります。
- たびレジ(外務省の渡航者登録システム)への事前登録
- 在イラク日本国大使館(バグダッド)の緊急連絡先を把握
- 現地の安全情報に常にアンテナを張る(SNS・ニュース・大使館発信)
- 外出時は必ず現地の警備会社や現地コーディネーターを通じて行動
実際、イラク国内にいる日本人は極めて少数であり、緊急時の支援体制にも限界があります。
そのため、「何か起きたときに助けを求められる体制を自分で事前に整えておく」ことが不可欠です。
また、イラクの一部地域では外国人の誘拐がビジネス化しているとの情報もあり、「日本人=高値で売れる人質」として見なされるリスクも否定できません。
治安回復に向けたイラクと国際社会の動きとは?

治安の崩壊に苦しみ続けてきたイラクですが、国際社会はその回復に向けてさまざまな支援を行っており、イラク政府自身も、安定した国家づくりに少しずつ歩みを進めています。
その努力は、即効性こそないものの、「将来への希望の種」となる可能性を秘めています。
国連主導で進む再建プロジェクトとその成果
イラクの復興を支援する国際機関の中でも、最も中心的な役割を果たしているのが国連(UNDP、UNHCR、UNESCOなど)です。
これらの機関は、単なる経済支援や医療支援にとどまらず、以下のような治安回復に直結する取り組みを進めています。
- 爆発物の除去作業(UNMAS)による市民の安全確保
- 戦争やテロで破壊された学校や病院の再建
- 紛争被害地域での治安維持と行政機能回復支援
- 若者向けの職業訓練、教育、ITスキル育成プロジェクト
これらの活動は、一見地味に見えるかもしれませんが、市民が「希望のある日常生活」を取り戻すうえで非常に重要です。特にISから解放されたモスルでは、瓦礫の中から学校が立ち上がり、子どもたちが再び通学できるようになるなど、小さな成果が少しずつ積み上がっているのです。
若者の武装化を防ぐ職業訓練・雇用支援の取り組み事例
治安を悪化させる最大の要因のひとつが、経済的困窮と将来の見通しのなさから、若者が武装勢力に加担してしまう構造です。これを断ち切るために、国内外のNGOや一部の地元行政が主導して、以下のような雇用支援プロジェクトが実施されています。
- 農業・建設・配車アプリ運営など、実用的な職業訓練プログラムの実施
- 女性向けの手工芸・料理ビジネス支援
- クラウドワークやITスキルを活かしたリモートワークの推進
- 現地企業とのマッチングを行う就労マッチングイベントの開催
こうした取り組みは、貧困や絶望を武器ではなく「自立」へとつなげる重要な手段であり、イラクの未来にとって不可欠なステップといえるでしょう。
まとめ:イラクの現在の治安は悪い!渡航はやめておこう
ここまでで見てきたように、イラクは今なお爆発物、テロ、武装衝突、統治の不安定さといった多くのリスクが同時に存在する国です。2025年現在、外務省は渡航を強く制限しており、個人旅行やビジネスでの渡航は推奨されていません。
イラクには確かに、歴史と文化、豊かな資源、復興への希望といった魅力があります。
しかしそれ以上に、今はまだ「安全な旅先」ではないことをはっきり認識し、慎重に行動する必要があるのです。