アラビア半島南端に位置し、かつては「歴史と香の国」として観光ポテンシャルも高かったイエメン。
その風景は、ユネスコ世界遺産に登録された美しい旧市街、断崖に張り付くような集落、どこか神秘的なアラブ文化で彩られた国でした。
しかし、2025年現在、イエメンは世界でも最も治安が不安定で、旅行者にとって極めて危険な国の一つです。
継続する内戦、武装勢力の支配、外国人誘拐、無差別爆撃…。こうした現実から、外務省を含む各国政府はイエメンへの渡航を全面的に中止するよう勧告しています。
ここではまず、観光目的では絶対に立ち入ってはならない危険エリアを、地域別に詳しく解説します。
【危険地帯一覧】観光で絶対に近づいてはいけないイエメンのエリア

イエメン国内のほぼ全域が「戦闘または軍事占拠の対象地域」であり、地域ごとに異なる武装勢力が拠点を構えています。
各都市には歴史ある観光地も存在しますが、それらのほとんどが今では戦場となり、外国人旅行者が入ること自体が命に関わる行為となっています。
サヌア旧市街:ハンディス爆撃の被害継続中
イエメンの首都であり、文化遺産の宝庫でもあるサヌア(Sanaa)旧市街は、フーシ派の拠点であると同時に、政府軍や連合軍による空爆の標的ともなっている地域です。
かつては石造りの家屋や迷路のようなスーク(市場)が魅力的な観光地でしたが、今では空からの無差別攻撃により壊滅的な被害を受けています。
特に2023年以降、サウジ主導の連合軍による空爆が再び激化しており、市内の住宅地や学校が爆撃を受け、多数の民間人が犠牲となっています。
外国人の立ち入りは軍事スパイと見なされる可能性があり、滞在や撮影行為が誘拐や即時処刑の対象となる恐れすらあります。
アデン市内:武装勢力の支配と市街戦リスク
イエメン南部に位置するアデン(Aden)市は、名目上は暫定政府の首都とされていますが、実際には複数の武装勢力が市内を分割して支配している状態です。
南部暫定評議会(STC)と政府軍、さらには地元民兵組織が交互に衝突を繰り返しており、アデンは「都市内戦」が常態化した場所になっています。
2024年には国連関係者も巻き込まれる銃撃事件が発生し、現在は国連やNGOの現地事務所も閉鎖または撤退している状況です。
特に港湾や主要幹線道路では、チェックポイントでの武装検問、強制拉致、即席爆弾による通行人の犠牲などが頻発しています。
サアダ州・マリブ州:フーシ派と政府軍の衝突地帯
イエメン北部のサアダ州(Saada)と中部のマリブ州(Marib)は、現在もっとも激しい戦闘が続いている地域です。
ここでは、イランの支援を受けるフーシ派と、政府軍およびサウジ連合軍が地上戦・ドローン攻撃・ミサイル発射を交えた全面衝突を続けています。
マリブは石油資源が豊富な戦略拠点であるため、武力衝突の頻度と規模が非常に大きく、市民の巻き添え被害も深刻です。
このエリアでは通信インフラも崩壊しており、外国人が入ったとしても救援要請すらできない危険な状態が続いています。
ハドラマウト州:アルカイダ勢力が潜伏する山岳地帯
一見すると戦争とは無縁に思える東部のハドラマウト州(Hadhramaut)ですが、ここはアルカイダ(AQAP)とされる武装組織が活動する危険地帯です。
実際に過去10年間で、外国人ジャーナリストやNGO職員が誘拐され、身代金目的で監禁された事例が複数報告されています。
現地では「観光客風の外国人=高値で売れる人質」という認識が定着しており、特に欧米人や日本人は標的にされやすい傾向があります。この地域の道路はゲリラによって封鎖されたり、検問所で不当な取り調べや暴力を受けるリスクも高いため、事実上、入国も通過も不可能です。

イエメンの現在の治安状況とは?旅行の危険性を解説

イエメンは現在、単一の政府が統治する国家ではなく、複数の武装勢力が各地で支配を争う“無政府状態”に近い構造となっています。
そのため、エリアによって支配者が異なり、どの勢力も外国人の安全を保証できないというのが最大の問題です。
フーシ派・政府軍・南部過激派の三つ巴の戦闘
イエメンの治安を語る上で避けて通れないのが、フーシ派、暫定政府軍、南部独立派(STC)の三つ巴の戦いです。
これに加えて、地域によってはアルカイダ系武装勢力や部族民兵が独自に権力を持つという混沌が広がっています。特に、
- 首都サヌアや北部山岳地帯はフーシ派が実効支配
- アデン周辺ではSTCと政府軍が断続的に対立
- 南東部ではアルカイダが根を張る
という形で、国家の枠組み自体が崩れている状態です。
このような状況では、どのエリアも日常的に衝突・空爆・ドローン攻撃が発生し、治安の安定を期待することは不可能に近いと言えます。
テロ・誘拐・略奪の脅威が残る都市部と地方

都市部でも地方でも、外国人旅行者にとって深刻なのが、テロ・誘拐・略奪といった“民間レベルの暴力”です。
政府や軍の統治が弱体化した結果、武装勢力だけでなく、貧困層が武器を手にして略奪を行う事例も増えており、昼間でも道路封鎖や強盗が起きるほどです。
さらに深刻なのが、人質ビジネスとしての誘拐です。
イエメンでは過去に複数の外国人記者、医療支援者、日本人ビジネスマンまでもが誘拐され、数カ月〜数年にわたって拘束された事例があります。こうした事件のほとんどは、現地政府や警察の介入ができず、家族や政府が交渉するしかないという絶望的な状況を生んでいます。
国際空港・道路の封鎖による移動の困難さ

たとえ入国できたとしても、イエメン国内での移動は極めて困難です。
多くの主要空港(サヌア、アデン、ホデイダ)は軍事利用またはフーシ派の管理下にあり、一般人の利用は制限されている状況です。
さらに、陸路も安全とは言えません。道路の多くが破壊され、橋が落ち、武装検問所が各地に点在しています。
検問では、外国人が身元確認のために拘束されたり、持ち物を略奪されたりするケースも報告されています。
交通インフラが失われた状態では、万が一の際の脱出も不可能に近く、旅行者はまさに“袋小路”に追い込まれる危険性を抱えているのです。
【外務省・国際機関】イエメンへの渡航勧告とその理由
イエメンに関しては、日本を含む多くの国の政府が、国民に対して「渡航中止勧告」「即時退避勧告」を継続的に発出しています。
これは単なる外交的措置ではなく、人命のリスクを最優先に考慮した厳格な警告です。
日本外務省:全土に渡航中止勧告レベル4発令中

日本の外務省は、2025年現在もイエメン全土を「危険度レベル4:退避勧告(渡航は止めてください)」に指定しています。
このレベルは、アフガニスタンやシリア、南スーダンなどと同様の“極めて深刻な危険地帯”とされる状況で、政府としても日本人のイエメン滞在を原則認めていません。渡航中止の理由としては、
- 政府機能が事実上崩壊しており、安全を保障できる公的組織が存在しない
- 外国人が誘拐・監禁・処刑の標的となっている
- 空爆、ドローン攻撃、路上戦闘が日常的に発生している
といった深刻な事情があります。
また、領事窓口は近隣国にある在ヨルダン日本大使館などが兼務しており、現地での邦人保護対応はほぼ不可能とされています。
国連・NGOも人道支援スタッフの退避を継続中
国連(UN)、赤十字、国境なき医師団(MSF)など、数々の国際機関・NGOもイエメンでの人道支援活動を行ってきましたが、2023年以降は現地駐在スタッフを段階的に退避させ、現地スタッフに業務を委ねる体制へと移行しています。
その背景には、
- 支援物資の搬入路が封鎖・略奪される
- 支援スタッフが誘拐・攻撃の標的になる事件が急増
- 爆発物により医療施設や倉庫が被害を受けた
といった具体的な脅威があるからです。
また、支援団体の中には、「これ以上、命の危険を冒してまで現地に入れない」と明言し、支援拠点をジブチやエチオピアなど周辺国に完全移転するケースも見られます。
ビザ取得の困難さと航空ルートの制限
仮にイエメンへ渡航しようと考えても、その手段すら確保するのが難しい現実があります。現在、イエメンの大使館の多くは閉鎖または機能停止しており、ビザの発給は事実上不可能です。
また、航空便についても、
- サヌア空港は軍事目的で使用中
- アデン空港も政情不安により定期便が不安定
- 主要航空会社はすべてイエメン路線から撤退済み
という状況であり、仮に現地入りできたとしても、出国できる保証が全くないという重大なリスクを抱えることになります。
入国後の通信・交通・滞在インフラの壊滅状況

さらに致命的なのが、入国後の生活インフラが事実上存在しないという点です。
- 通信網の寸断により、携帯電話・Wi-Fiは広範囲で使用不可
- ホテル、宿泊施設は営業停止か武装勢力の拠点化
- ATMや銀行は閉鎖、クレジットカードも利用不可
- 飲料水・電力の供給が絶たれている地域も多い
こうした状況下で滞在を続けることは、現地住民であっても困難です。ましてや外国人にとっては、生存そのものが危ぶまれる環境といえるでしょう。
【まとめ】イエメン観光は危険すぎる。渡航を控えるように
イエメンは、かつて「アラビアの真珠」と呼ばれ、サヌア旧市街やシバームの“摩天楼のような泥の家々”など、世界中の旅人を魅了する歴史的遺産を持つ国でした。
しかし、その面影は今や深い闇に包まれ、旅行者にとっては命の危険が伴う紛争地となっています。
この記事を通じて明らかにしてきたように、イエメンは現在、
- 国土のほとんどが武力衝突の現場
- テロ・誘拐・空爆のリスクが日常的に存在
- 入国も困難、出国も保証されない
- 滞在インフラは壊滅状態でサポート体制も皆無
という、旅行先としては最も不適切な状態にあります。
イエメンには、いつか再び平和が訪れ、誰もがその文化と風景を安全に楽しめる日が来るかもしれません。
しかし2025年の今現在、その時ではありません。
自分の命と、家族・友人に与える影響を考え、イエメンへの渡航は絶対に避けてください。
そしてどうしても中東文化に触れたい場合は、安全な周辺国(オマーン、ジョルダン、モロッコなど)でその魅力を体験する選択肢もあります。